2018.02.12

 3月21日(水・祝)さいたまスーパーアリーナ・メインアリーナで開催される「K-1 WORLD GP 2018 JAPAN ~K'FESTA.1~」の[スーパーファイト/K-1スーパー・バンタム級/3分3R・延長1R]でKrush-53kg王者・軍司泰斗と対戦する登坂匠のインタビューを公開!

──最初に今回のオファーを受けた時の心境はいかがでしたか?

「ちょっと予想外だったんで、びっくりしたっていうのが一番ですね。(K'FESTA.1参戦を)諦めていたところもあって、まさかのオファーをいただいたんでラッキーだなと思いました」

──登坂選手は新生K-1を見ていて、どんなことを思っていましたか?

「K-1に出ている選手はみんなすごく輝いて見えていました。格闘技以外のメディアに出ているのを見て、正直羨ましいなって気持ちもあったし、自分が出たらもっと盛り上げられるのになって気持ちもありました。そういう面でK-1は憧れの舞台でしたね」

──かつての仲間や同世代の選手たちが新生K-1でブレイクしていく様を見ていて複雑でしたか?

「いやもう…複雑というか悔しいって気持ちしかなかったですね。みんな生活そのものも変わってるし、逆に自分は格闘技をやる上で、本当にまだスタートラインにも立ててないんで。僕はチャンピオンになってからが格闘家としての本当のスタートだと思っていて、今の状態だったらただ格闘技をやっていたってだけで終わっちゃいますからね(苦笑)。やっぱり“K-1”は格闘技を好きじゃない人も1回は耳にしたことがある言葉だと思うんですよ。それだけK-1は世の中に浸透してると思うし、その舞台に立つことが自分の中では夢だったんで、しっかりこのチャンスをものにしたいです」

──登坂選手が最初に始めた格闘技はボクシングだったんですよね?

「そうです。でも僕が最初に格闘技に興味を持ったきっかけはK-1なんですよ。当時の僕は小学校低学年で、ピーター・アーツやジェロム・レ・バンナの試合を見て『K-1って面白いな!』と思いました。ただ当時は今と違って、K-1をやろうと思っても教えてくれるところがないんですよ。どれだけ調べてもK-1のジムはどこにもないし、K-1を教えてくれるジムが見つからない。そもそもK-1という競技が何かもよく分かっていなくて(苦笑)、『K-1は空手の一種なのかな?』とか『ボクシングはK-1に含まれないのかな?』とか色々悩んでいました。結局、当時ガチンコファイトクラブが流行っていて、だったらボクシングをやろうかなと思ってボクシングジムに入りました。だから僕はボクシングが原点だと思われがちですが、本当のきっかけはK-1なんですよ」

──なるほど。K-1のためにジムを探していて、最終的にボクシングを始めたという感じなのですね。

「はい。それで10歳か11歳ぐらいの時に白井・具志堅ジムに入って、その時にジムで僕の面倒を見てくれたのが、当時プロボクサーとして活躍していた(現K-1ジム総本部代表の)梶原龍児さんだったんですよ」

――梶原さんとの出会いはそこまでさかのぼるんですね。

「僕が中学生の時、具志堅会長に誘われてプロボクサーの合宿に連れて行ってもらったことがあったんですね。でも合宿の前日に急に言われたんですよ、『夏休みだから暇でしょ?』って(笑)。僕もやることがなかったんで合宿に行くことにしたんですけど、周りに中学生は誰もいなくて、プロボクサーの先輩ばっかりだったんです。

 もともとプロの先輩たちはほとんど面識もなかったし、先輩たちは先輩たちで『なんで中学生がいるんだよ?』みたいな空気だから、めちゃくちゃ気まずくて。それですごく帰りたかったんですけど、その時に龍児さんだけは僕のことを気にかけて面倒を見てくれたんです。結果そのおかげでプロに先輩たちからも可愛がってもらうようになって、その時に『ただ強いだけじゃなくて、龍児さんみたいな人間になりたい』と思いました」

──その後、梶原さんはキックボクシングの道へと進みますが、登坂選手もそれについていった形ですか?

「いえ、そこからも紆余曲折がありまして(苦笑)、最初に龍児さんからキックボクシングに誘われた時はボクシングの方に興味があったんで、誘いを断っていたんですよ。でも応援で龍児さんのキックの試合を見ているうちに、自分もキックをやろうと思うようになりました。ただ龍児さんが通っていたジムは町田で遠いし、自分の家から頻繁に通える距離じゃない。しかも僕自身、合格するつもりだった高校受験に失敗してしまって(苦笑)、定時制の学校に通うことになったので、龍児さんたちとは練習の時間も合わないわけです。

 うちの親は『高校生になったら、自分のやりたいことは自分でお金でやりなさい』というスタンスだったので、町田まで通う交通費もなかったので、龍児さんとも話をして、龍児さんと同じジムにいくことを断念しました。で、ちょうどその年にうちから通える場所にシルバーウルフのジムがオープンしたんですよ。だから僕、最初はシルバーウルフ(現K-1ジム・シルバーウルフ)に入会してキックを始めたんです」

――そうだったんですね。

「それでしばらく練習をしていたらアマチュアの試合に出ることになって、そこで僕負けてしまって。それがむちゃくちゃ悔しくて、自分はキックボクシングでプロを目指そうと思いました」

――なるほど。でもシルバーウルフも辞めてしまうわけですよね?

「はい…。そうは言っても僕も遊びたい年頃だったんで、段々とジムに行かなくなってフェードアウトしちゃったんですよ。高校も辞めちゃって、ジムにも行かずにフラフラしていました(苦笑)。そんな時にまた龍児さんの試合を見に行くことがあって、やっぱり自分は龍児さんと一緒にやりたいと思いました。シルバーウルフのみなさんには不義理をした形になっちゃいましたが……シルバーウルフを退会して龍児さんと同じジムに入りました。それからプロデビューして現在に至る感じです」

──こうして話を聞いていても、梶原さんは登坂選手の人生に大きな影響を与えた人物だと思います。でも今回はその人間が相手のコーナーにいて、その教え子と戦うことになります。どんな気持ちでリングに上がろうと思っていますか?

「嬉しいですよね、龍児さんが育てた選手とK-1で戦えるんで。正直に言うと龍児さんの引退試合の相手がヒロ(卜部弘嵩)に決まった時に、ちょっと悔しい気持ちがあって。知名度とか実力とかは全然ヒロの方があるからしょうがないし、体重も違うんで仕方ないのかなと思ったんですけど…やっぱり僕は誰よりも龍児さんと一緒に居たと思ってたんで、最後の相手に選ばれなかったことが悔しかったです。でもこうやって大舞台で龍児さんが育てた軍司選手と戦えることは、自分の格闘技人生の中で本当に有難いことだし、このチャンスを下さった宮田(充K-1)プロデューサーには感謝しかないです」

──今回の試合が決まって梶原さんとはお話されましたか?

「いや、してないですね。最近は普段あんまり連絡は取らないんですよ。やっぱり龍児さんには龍児さんの選手がいるし、僕には僕の先生がいる。もう龍児さんに頼っちゃいけない立場なので、ほとんど連絡は取らないです。多分最後に龍児さんと話したのは12月の試合に負けた時で、『お前、あれじゃ駄目だよ』と言われました(苦笑)。

 まあでも僕にとってはずっと恩師というか、兄貴みたいな存在だし、あの人がいなかったら格闘技を辞めていたと思います。本当に格闘技だけじゃなくて、それ以外のことでも面倒を見てくれてたのが龍児さんなので、あの人には感謝しても感謝しきれないです。僕はしっかり軍司選手を倒すことが、龍児さんへの恩返しになると思っているので、龍児さんはそれを求めてないかもしれませんが、成長した姿・強くなった姿をしっかり目の前で見せたいです」

 

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